飯綱神社 由緒

約400年の歴史がある赤塚村の鎮守様

時は戦国、秀吉の天下統一の頃までさかのぼります

飯綱神社本殿

飯綱神社は、安土桃山時代の文禄3年(1594年)に下妻大宝八幡神社の御分霊を奉鎮されたのがはじまりです。
延宝6年(1678年)に柏四郎兵衛藤原勝成という方が神社に奉納された鰐口には、茨城郡赤塚村鎮守八幡宮と刻まれていることから八幡神社であったことが知られます。
八幡宮は応神天皇(誉田別尊・ほんだわけのみこと)・神功皇后(息長足日売尊・おきながたらしひめのみこと)を御祭神として祀られておられるので、大宝八幡神社からの御分霊であれば当然そのお二方が御祭神として祀られてあったわけであります。
しかるにこの年水戸光圀公の八幡改めのご命令により藩内の神社の改革で仏教的色彩が強かったのか破却されてしまったのです。
その後元禄9年(1696年)その跡へ新しく社殿を造り境内地にあった飯綱権現を新に御祭神としてお祀りすることになりました。
明治維新後、権現は相応しくないとこれを改め神社となり、格も村社として村全体で祭典を行うこととなりました。
この時由緒報告に誤って飯綱権現の主祭神大己貴命(おおなむちのみこと)=大国主(おおくにぬし)の若い頃の名前でいわゆる大黒様・宇賀之魂命(うかのみたまのみこと)=穀物の神・稲荷神社、を脱漏し伊豆奈神を主御祭神とされ今日に至っています。
また、境内には素鵞神社(祭神は素戔鳴尊・すさのおのみこと)も祀られています

 

飯綱神社由緒

神社入り口には、「飯綱神社御由緒」の看板が設置されています。